イージス艦衝突事件




イージス艦衝突
2008-2-19千葉・勝浦


イージス艦衝突前
戦争体験ツアー



イージス艦衝突と福島原発
放射能の雨が降る



イージス艦衝突後
隠蔽の伝統



イージス艦衝突の原因
軍需経済の極北



イージス艦衝突の歴史
インチキ商売の歴史



イージス艦衝突と軍需利権
詐欺経済の跋扈



イージス艦衝突とロス疑惑
詐欺師たちの饗宴




目次





2008-2-19







冬の海、漁船真っ二つ 仲間ら無事祈る イージス艦衝突
2008年02月19日
 千葉・房総半島沖で19日早朝、海上自衛隊の最新鋭イージス艦が、親子を乗せた小さな漁船と衝突した。漁船の船体は真っ二つに割れ、真冬の海を漂流した。何が起きたのか。どうして防げなかったのか。父と子の行方は――。現場の海域では必死の捜索が続いた。

海上自衛隊のイージス護衛艦「あたご」と衝突し、二つに折れた漁船清徳丸の船首部分=19日午前8時45分、千葉県・野島崎沖南南西約40キロで、本社ヘリから

 新勝浦市漁業協同組合が事故を把握したのは、午前5時。野村正二参事の自宅に、勝浦海上保安署から一報が届いた。

 野村参事は漁協職員らの自宅に連絡。午前7時ごろには4、5人が同漁協川津支所に集まり、安否の問い合わせや、地元住民、報道機関への対応に追われた。

 同支所には、行方不明になった吉清治夫さん(58)、哲大さん(23)親子の仲間が心配して詰めかけた。その一人の吉野正実さん(58)によると、治夫さんは一人息子の哲大さんが漁業を継いでくれることを楽しみにしており、一緒に船に乗るようになって喜んでいたという。

 「仲の良い親子で、息子さんは家族思いの優しい子。無事に戻ってきてほしい」。治夫さん宅の近所の女性(70)も、声を震わせた。

 近所の主婦によると、マグロ漁は天候に左右されることが多い。治夫さんは最近、「漁に出られなくて困りました」と、残念そうな表情を見せることもあったという。近辺の漁師仲間は午前6時ごろ、携帯電話で連絡を受け、救出に向かったという。



 勝浦市農林水産課によると、清徳丸は船長約15メートル、7.3トンで、まぐろのはえ縄漁の船としては決して大きくない。市内では、この漁をやっている漁師は少ないという。

 千葉県は午前7時、県沖合を航行していた県の試験調査船「房総丸」と「ふさみ丸」を事故現場の海域に向かわせた。午前8時半には、漁業取締船「ふさかぜ」も勝浦港から派遣し、ともに吉清さん親子を捜している。

 午前10時過ぎ。千葉県勝浦市の川津漁協卸売市場に太鼓の音が響き、読経が流れた。行方不明者の無事を祈る「御法楽(ごほうらく)」という伝統儀式。吉清さん親子の救出に向かった漁師仲間の留守を預かる妻をはじめ、約50人の女性たちが集まった。岸壁でろうそくをともし、海に向かって手を合わせ、親子の生還を祈った。


1日に500〜700隻もの一般船が通る超過密東京湾、
軍需産業の利益を積み上げるためだけのインチキ戦艦が
わが物顔で威嚇の毎日。


海軍もまた、概ねこれと同工異曲であった。
否、
陸軍よりもさらに腐敗していた。


田中隆吉・関東軍参謀・羅南要塞司令官
『敗因を衝く 軍閥専横の実相』(中公文庫)
・・・・・・・
ある高級司令部では政治経済の監督の責任を有する特務班の幹部全員が相語らって、巨額の公金を遊興の費に充てた。ある守備隊長は、富裕にして親日家たる華僑を惨殺して巨額の黄白(=金銀)を奪い、これを土中に陰蔽して他日の用に備えた。ある憲兵隊長は、愛する女に収賄せる多額の金額を与えて料亭を経営せしめ、その利益を貯えた。ある特務機関長は、関係せる女の父親に炭鉱採掘の権利を与えた。ある中隊長は戦地における部下の兵の携行する写真により、その妻が美貌の持主であることを知り、陸大受験のために内地に帰還するや、東京の宿にその兵よりの伝言ありと称してこの妻を誘い寄せ、忌わしき病気さえも感染させた。
 
賄賂は公行した。虐殺と掠奪と暴行は枚挙にいとまがなかった。


内地においても、大東亜戦争の中期以後における軍隊の暴状は、あたかも外地に似たものがあった。
暴行もあった。収賄もあった。掠奪もあった。拳銃をもって威嚇し、人民の家屋を強奪したものもあった。ある大隊長は民がひと月五合の酒に舌鼓を打ちつつあるとき、常に四斗樽を備えて鯨飲日も足らなかった。国民が乳幼児と病人のため、牛乳の入手に多額の金を工面しつつあるとき、健康なるある連隊長は、配給所に対し1日五合の牛乳の配給を強制した。国軍の将校を養成すべきある学校の高級将校は、生徒に配給せられたる石鹸数百個をその家庭に運び、これを米麦と交換して一家の生活の資とした。

ある兵工廠の経理官は、地方のボスと結托し、軍需品の横流しを行い、巨額の金を私した。熊本では外出した兵が女学生を強姦した事件があった。しかもこれらはわずかにその二、三の例に過ぎぬ。

 
海軍もまた、概ねこれと同工異曲であった。否、陸軍よりもさらに腐敗していた。呉の工廠では数年にわたって工廠長以下が出入り商人と結托し、多額の収賄を行った事件があった。ある地方では、海軍の兵が婦女子を強姦した。父兄が抗議すると、隊長は昂然として言った。「戦に負けて青目玉の子供を産むよりよいだろう」と。

さらに奇怪千万なるは食糧である。国民が一日二合三勺の主食の配給に、日に日に痩せ衰えつつあるとき、軍隊は戦時給養と称して一日六合の米麦を貪り食った。肉も魚も野菜も国民の配給量の数倍であった。国民が雀の涙ほどの配給に舌を鳴らしつつあるとき、ある師団の移転の際には、携行し得ざる二百石の清酒が残った。・・・・・・・





我々の税金から収奪される平成日本軍部の軍事予算は、あらゆる国民生活予算が削られるなかで異常な伸びを示している。理由は簡単である。軍需産業は独占体制であり利権が桁違いだからだ。資本主義の経済原則に従えば人殺し産業(軍需企業)こそが終着点である。
5兆8039億円(2006年度)
(防衛費4兆8139億円、軍事偵察スパイ衛星関連年度分経費612億円、危機管理体制充実強化経費16億円、米軍再編調整関連費1000億円の1年平均分200億円、旧軍人恩給費9072億円etc)