反軍拡・利権阻止の石井紘基議員はなぜ刺殺されたのか。
2002−10−25


石井紘基議員

★ 国をダメにした利権政治と闘っています。
★ 社会的に弱い者の立場に立つ庶民の政治家です。
★ ムダな公共事業(利権に蝕まれた)による自然破壊は許しません。
★ 「すべての世代にとって生きがいある社会」実現のための再構築をおこないます。
★ 軍拡に反対し、平和と文化を守る国づくりのために日々努力しています。
★ "実行"と"実現"の政治家です。



有事法制という究極の巨大利権。
完全に右派に拉致されてしまった最大「野党」民主党。
かって菅直人がデタラメなスキャンダルの洪水に投げ込まれ
安保体制にひとこと疑念を口にした田中真紀子が失脚し、
辻元清美までも、、、、。
そして今日、石井紘基がテロに倒れた。
翼賛体制は完了寸前。






2002・11・29週金



石井議員が立ち向かった軍拡。

戦前から生き残る日本軍隊の本質、巨大な有事利権とは何か?

関東軍参謀・少将、第一軍参謀長・兵務局長を経て羅南要塞司令官として終戦を迎えた田中隆吉氏(1893年生)の回想・『敗因を衝く』p133
「軍隊の腐敗」

、、、外地においては最高指揮官以下ことごとく政治経済に関与した。齢二十に満たざる、白面黄嘴の青年将校が、広範囲にわたる政治経済を指導した例は枚挙にいとまがない。
宣撫班と司政官は単なるロボットに過ぎなかった。将校のある者の私生活の紊乱と贅沢とは目にあまるものがあった。ある軍司令官は、夏季アイスクリームの製造器を携行して討伐に赴いた。ある師団長は、司令部内に娼婦を匿って各地を転戦した。

 上の好むところは下必ずこれに倣う。ある高級司令部では政治経済の監督の責任を有する特務班の幹部全員が相語らって、巨額の公金を遊興の費に充てた。ある守備隊長は、富裕にして親日家たる華僑を惨殺して巨額の黄白(=金銀)を奪い、これを土中に陰蔽して他日の用に備えた。ある憲兵隊長は、愛する女に収賄せる多額の金額を与えて料亭を経営せしめ、その利益を貯えた。ある特務機関長は、関係せる女の父親に炭鉱採掘の権利を与えたある中隊長は戦地における部下の兵の携行する写真により、その妻が美貌の持主であることを知り、陸大受験のために内地に帰還するや、東京の宿にその兵よりの伝言ありと称してこの妻を誘い寄せ、忌わしき病気さえも感染させた。

 賄賂は公行した。虐殺と掠奪と暴行は枚挙にいとまがなかった。私の親友遠藤三郎中将は、漢口より兵務局の私宛に私信を送り来て、「高級将校にしてその心懸けを改めざる限り、戦争は絶対に解決の見込なし」と憤慨した。

内地においても、大東亜戦争の中期以後における軍隊の暴状は、あたかも外地に似たものがあった。暴行もあった。収賄もあった。掠奪もあった。拳銃をもって威嚇し、人民の家屋を強奪したものもあった。ある大隊長は民がひと月五合の酒に舌鼓を打ちつつあるとき、常に四斗樽を備えて鯨飲日も足らなかった。国民が乳幼児と病人のため、牛乳の入手に多額の金を工面しつつあるとき、健康なるある連隊長は、配給所に対し1日五合の牛乳の配給を強制した。国軍の将校を養成すべきある学校の高級将校は、生徒に配給せられたる石鹸数百個をその家庭に運び、これを米麦と交換して一家の生活の資とした。

ある兵工廠の経理官は、地方のボスと結托し、軍需品の横流しを行い、巨額の金を私した。熊本では外出した兵が女学生を強姦した事件があった。しかもこれらはわずかにその二、三の例に過ぎぬ

 海軍もまた、概ねこれと同工異曲であった。否、陸軍よりもさらに腐敗していた。呉の工廠では数年にわたっ工廠長以下が出入り商人と結托し、多額の収賄を行った事件があった。ある地方では、海軍の兵が婦女子を強姦した。父兄が抗議すると、隊長は昂然として言った。「戦に負けて青目玉の子供を産むよりよいだろう」と。

さらに奇怪千万なるは食糧である。国民が一日二合三勺の主食の配給に、日に日に痩せ衰えつつあるとき、軍隊は戦時給養と称して一日六合の米麦を貪り食った。肉も魚も野菜も国民の配給量の数倍であった。国民が雀の涙ほどの配給に舌を鳴らしつつあるとき、ある師団の移転の際には、携行し得ざる二百石の清酒が残った。大都市の民が、椀の底が早えるような雑炊を主食の代りとして吸い込みつつあるとき、高級官衛に勤務しある軍人及び軍属は、外食券を用いずして二十五銭の弁当にその腹を膨らました。














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