・2001年5月15日

国家殺人

昭和18年(1943年)10月21日、
学徒出陣

雨の
明治神宮外苑、
国立競技場、若者75,000人。
戦況の悪化に伴って、20歳以上の学生の兵役免除が反故にされ、
戦場に送り込まれることになった25,000人の学生の出陣壮行会が行われた。

それは日本という国家が若者たちに襲いかかった国家殺人だった。
無限の未来を抱えた若者の命を楯にして
天皇制・国体という究極の
権体制を護持しようと図ったのである。
あの時も、そして今も、
この国の若者たちは国家によって際限無く嬲(なぶ)り殺されて行く。



1943・10・21雨の神宮外苑・学徒出陣式

出陣学生
これから人しをしなければならないと思うと、「締念」でしたよ。いま俺は、そういう時間と空間の流れの中にいるんだ。 俺はいやだというわけには行かない。一つの諦めでした。

出陣学生
軍隊は非合理でした。上官が、2日目から訳もなくる。人の能力をどうしたら引き出せるか、どうしたら敵に勝てるかというのは ほとんどなく、日本精神でひっぱたいて鍛えることしかないんですよ。

出陣学生

沖縄戦で特攻隊員を命ぜられた。金属の骨に布を張った飛行機だった。これしか残ってないから使ってやってくれという。 こんな石には、勝っても負けてもなりたくないですよね。消耗品になるのは悲劇です。

出陣学生
フィリピンのジャングルの中での経験ですが、黄色い水というか泥水があちこちに流れているんです。水のそばには必ず体が あリました。それも頭、手、足がばらばらになっているんです。ダンテの「地獄編」を読みましたが、その地獄そのものでした。 真善美を追求する学生としては、あまりにかけ離れた世界でした。

出陣学生
恥ずかしくない行為をしよう。誰も死にたくないよと思っていた。しかしこれも運命だからしょうがないという人生観に なっていました。

出陣学生
英文学者になるのが夢だった。軍隊に行ってなければ、好きな英語の勉強に打ち込んで、その道のベテランになっていたかも しれない。今言っても仕方のないことだけど。
孫たちに、「戦争がなくて幸せだなあ。何でもやりたいことができるんだから」と言っています。

東条首相訓示
「御国の若人たる諸君が勇躍学窓より征途につき、祖先の威風を昂揚し、仇なす敵を撃滅して、皇運を扶翼し奉るの日は こんにち来たのであります。」

学徒出陣を見送った女子学生
出征直前、婚約した彼が軍服で挨拶にきました。初めて二人になったとき、彼は襟を正して言いました。「この戦争は間違ってる。 国のためならともかく天皇のために死ぬのはイヤだ」と。当時、日本は神国だ、天皇のために死ねとの教育でしたから、私は びっくりしました。
あの時、なぜ戦争がイヤなのかを聞かなかったのか。そんなにイヤなら二人で死のうとなぜいえなかったのか……。出征を見送る ホームで、彼は笑っていたけど涙していました。「どこへ連れて行かれるのかなあ」それが最後でした。彼は沖縄で死にました。 彼の気持ちを受け止められなかったのを今でも悔やんでます…。
いまの若い人たちに頼みます。世界中が平和になるような世界をつくってください。

「あたら青春をわれわれは何故、このようなみじめな思いをして暮らさなければならないのでしょうか。若い有為の人々次々と戦死していくことは堪(たま)らないことです。中村屋の羊羹(ようかん)を食べたいとふっと思い出しました」――戦没学生『きけわだつみのこえ』

殺戮の戦場に叩き込まれる若者を日本の破廉恥マスコミは煽りに煽った。
「まこと国を挙げて敵を撃つ決戦の秋(とき)、大君に召されて戦いの庭に出で征つ若人の力と意気はここに結集し、送る国民の赤誠、またここに万斛涙となって奔ったのである。



国体護持、天皇制護持のために沖縄の少年少女たちは文字通り片っ端から生贄にされていった。

男子学徒
沖縄師範学校:第32軍指令部.第2野戦築城隊:総員358名:死亡217名:職員死亡19名
県立第1中学校:第5砲兵指令部、独立測地第1中隊、野戦重砲第1聯隊、独立重砲第百大隊、独立工兵第66大隊:総員398名:死亡193名:職員死亡20名
県立第2中学校:独立混成第44旅団第2歩兵隊、第62師団通信隊:総員140名:死亡102名:職員死亡7名
県立第3中学校:独立混成第44旅団第2歩兵隊、第3遊撃隊:総員363名:死亡35名:職員死亡2名
那覇市立商業学校:独立混成第44旅団通信班、独立歩兵第22大隊:総員82名:死亡59名
県立水産学校:電信第36聯隊、第4遊撃隊:総員49名:死亡22名:職員死亡7名
県立農林学校:第44飛行場大隊:総員170名:死亡32名
県立工業学校:第5砲兵指令部(通信)、沖縄憲兵隊:総員78名:死亡70名
県立八重山中学校:独立混成第45旅団指令部;総員20名:死亡1名

女子学徒

沖縄師範学校:沖縄陸軍病院:総員120名:死亡103名:職員死亡7名
県立第1高等女学校:沖縄陸軍病院:総員200名:死亡64名:職員死亡8名
県立第2高等女学校:第24師団第1野戦病院:総員65名:死亡25名:職員死亡11名
県立第3高等女学校:沖縄陸軍病院(分院):総員10名:死亡1名
県立首里高等女学校:第62師団野戦病院:総員83名:死亡40名
私立積徳高等女学校:第24師団第2野戦病院:総員25名:死亡6名:職員死亡5名
私立昭和高等女学校:第62師団野戦病院:総員40名:死亡10名:職員死亡5名


「この戦争はおかしい」と言いながら諾々と戦争を遂行していった侵略と特攻の若者と、
「この戦争はおかしい」と言いながら命を懸けて軍部と対決し反戦を戦い抜いた若者と、
真に慰霊されるべき若者がどちらかは言うまでもない。

日本軍部・治安維持法による弾圧が原因で虐殺された日本人は、判明しているだけでも千六百八十二人。

薄汚いデタラメな命令に諾々と従った神風特攻隊やアジア侵略関東軍のような甘ったれた戦争遂行の卑怯者だけではなかったんだ。

治安維持法によって送検された人びとは、一九二八年から四五年までのあいだに七万五千人をこえ、逮捕者は数十万人をかぞえる。
さらに、治安維持法による弾圧と一体になっていた予防拘束や警察への拘留は、数百万人におよんだ。

あの時代にも命を賭して、
勇敢に反戦を戦い抜いた若者たちがいる。
彼らこそ時代を照らす真の英雄であった。

薄汚いデタラメな命令に諾々と従った特攻隊やアジア侵略関東軍のような甘ったれた戦争遂行の卑怯者だけではなかったんだ。


徴兵・愛国という利権制度