人達の言論弾圧金儲け。
言論の自由の泥棒たちとさもしい共犯者。




青地晨氏の証言の一部。
(1909・明治42年〜1984・昭和59年)
元中央公論編集次長・「語り継ぐ戦後史」

ここで思想弾圧事件について述べますと、すでに昭和十一年にコム・アカデミー事件が起こって、平野義太郎、山田盛太郎氏などという、東大の講座派の学者が検挙されました。この二人の学者は「中央公論」「改造」、その他の総合雑誌の巻頭論文筆者だったわけですが、この人たちが検挙されて執筆が不可能になる。それから十二年には、人民戦線事件が起こって、やっぱり当時の総合雑誌ジャーナリズムの花形的存在だった大森義太郎、文芸評論家の青野季吉、経済評論家の鈴木茂三郎氏などが、総合雑誌の執筆陣から消えていく。
 さらに十三年の二月には教授グループ事件が起こって、大内兵衛、有沢広巳、美濃部亮吉、高橋正雄、脇村義太郎、宇野弘蔵などという労農派の学者、評論家たちがつかまってしまう。さらに十四年には唯物論研究会事件が起こつて、戸坂潤、岡邦雄などの評論家が検挙されました。
 以上の四つの事件で総合雑誌の硬派の執筆者は総崩れになったわけです。すこし時代はさかのぼりますが、文学関係では小林多喜二が昭和入年に築地署で虐殺され、ナップも強制的に解散を命じられるという状況のなかで、プロレタリア文学らしい文学は、もはや雑誌では掲載不可能な状態に追い込まれていたわけです。
 私が入ったのは昭和十三年ですから、まだ岡邦雄や戸坂潤氏などはつかまってませんでしたけれど、この人たちにはもう執筆は頼めなかった。編集会議にそういうプランを出しても、それはむりだというようなことで、結局取りやめになってしまう。そういうわけで総合雑誌の執筆陣が非常に寂しく窮屈になってきた。

    内閣情報局と軍人情報官

 昭和十五年十二月に、内閣情報局というものができました。六百人もの人々を集め、いわば日本の言論統制、弾圧の総本山という意味をもっていた。そこに情報官という役人がいっぱいいたわけですが、その役人たちの重要ポストのほとんどは、陸海軍の現役将校によって占められていた。情報官のなかで羽振りがいいのはみな軍人、ことに新聞、雑誌の直接の統制に当たる人たちは陸軍の少佐、中佐というクラスが大部分でした。この人たちが内閣情報局を支配し、本当の力を持っていたといえると思います。
そして月に一回ないしは二回、雑誌出版懇談会というのが情報局で開かれる。そこにはほとんどの有力な雑誌、出版社の編集長と編集部員一、二名が義務的に出なくちやならない。出席を取られますから、出ないと非常にまずい、必ずみんな出てたわけです。私もペイペイではありましたけれど、編集長に付いて何回か出席したことがある。
 内閣情報局は帝国劇場を借り上げて仮事務所にしていましたが、やがて三宅坂の陸軍省の建物に移転しました。いま尾崎会館になってるところですが、以前はあそこに陸軍省と参謀本部があった。
赤レンガの明治調の感じのよい建物でしたが、情報局が陸軍からゆずり受けたわけです。そのへんの事情をみても、情報局への陸軍の熱の入れ方がわかります。
 そこに呼びつけられて、毎月、雑誌出版懇談会が開かれた。大きなホールに雑誌、出版関係の編集者が集まり、軍人情報官が壇上に上がり、大声を張りあげて「今月号の雑誌についてこれから講評をおこのう」というんです。この講評ってことばは、一般にはあまり使わない。当時、陸軍の大演習などがあると「上官が演習について講評を行った」というふうに新聞に書かれるわけです。
 その調子で陸軍中佐かなんかが高い壇上で「今より今月の雑誌の講評をおこのう」というのですから、われわれは腹のなかでは、「なにをいうか。お前たちは戦争が商売じゃないか。戦争についてはお前たちがわれわれより知っているかもしれないが、こと雑誌だとか出版について、お前たちは勉強したことがあるのか。ズブの素人のくせに、われわれベテランに向かって、講評とは何事だ」と憤慨していたわけです。

 その席上で、「今月の『中央公論』は国策非協力である。〇○の論文はけしからん、××の小説は個人の恋愛とか情痴とかを書いていて国策にそわない」というようなことを言うわけです。時々オーバーしまして、「『中央公論』は再三注意しても、さっぱりいうことを聞かん。お前たちは非国民であるから腹を切れ!」ということを言ったことがある。「非国民だ」ということばは、もう耳にタコができるほど再三再四、「中央公論」や「改造」の連中は言われ続けてきた。
 それだけならいいんですけれど、非常に不愉快だったのは、そこに列席している出版雑誌社の人たち、名前を言うのは差し控えますけれど、「公論」という右傾的な総合雑誌社の社長のMという人だったか、講談社のMという人だったかが、「中央公論」は国策非協力だ、非国民だといわれてる最中、急に立ち上がってわれわれのほうを指さして「おい、お前たち非国民は出ていけ! 同席するのが恥ずかしい」ということをどなり、それに乗っかって軍人が「腹を切れ」ということを言った。そういうふうに、内部から足を引っ張る編集者がいたわけです。これは編集者として風上におけない振る舞いだったと考えます。そういうの軍への協力者は、二つのタイプがあったと思う。
一つは、禊をやったり神州不滅などという思想をほんとうに信じてる神懸りの人たち、これは文芸春秋社のなかにも、二、三おりました。今では編集者のなかに、そういう人がいたとは信じられないかもしれませんが、これらの人たちはどつちかというと純粋派ですね。
 もう一つは便乗派。できるだけ軍にゴマをすっておいて得をしようという人たち。どういう得があったかというと、当時すべての物資が戦争とともに不足をしていたわけだけれど、紙も非常に不足していた。雑誌、新聞に使う用紙が徹底的に不足していたので、用紙の統制がきびしかった。これは商工省がやっていたわけですが、どこの社にはどれだけの用紙を提供するかという割り当ての権限は情報局にある。情報局に受けのいい出版社には紙がたくさん行く、わるいところは減らされる。だから情報局のなかで最も権威のある軍人情報官に取り入るということは、紙の割り当てに結びつくわけです。
 そうした損得の打算がからみついて、出版雑誌社が軍にお世辞を使い、軍人に取り入る悪風が生じ、同時に雑誌そのものも極端な戦争協力に入っていく。
 
   軍人情報官の腐敗

 同時に腐敗の面をいいますと、情報局のほかに大本営陸軍報道部、大本営海軍報道部というものがあって、そこにも報道関係の将校がいる。これらの将校は、情報官を兼務している者が多かった。
そういう軍人に、むやみやたらと原稿を頼む。そして夜の接待をする。原稿料は普通の二倍、三倍を支払う。そしてマスコミの花形的な存在に成り上がる軍人もでてくる。まあ、厳密にいえば用紙割り当てにからむ賄賂みたいなものだと思うんです。
 同時にもう一つ言いたいことは、そういう原稿の代筆をしているのはだれか。原稿というものはかなりの技術を要しますから、ズブの素人がうまく書けるはずがない。これにはゴーストライターがいる。それからさっき言った陸軍の中佐が壇上に突っ立って、いくら何でも全くでたらめな″講評″は言えないわけですから、その論文や小説に対する評価をしなきゃならない。これは軍人が能くするところじゃない。やっぱり下請けをやった人たちがいる。それは国民精神文化研究所などの右派の学者たちや、神懸りになった作家や歌人、それから陸軍省や情報局の嘱託になったジャーナリストたちだったといわれています。
 驚くことに、戦後、日劇ミュージックホールのヌード・プロデューサーでエロなことを書くのがお上手な丸尾長顕などという人がいた。この丸尾という人は宝塚少女歌劇にいた人物ですが、いつのまにか陸軍省の嘱託となり、相当われわれは丸尾氏に痛めつけられた。


2005-01-13

安倍晋三&中川昭一:NHK慰安婦特番に圧力
<NHK特番>民衆法廷の主催者が抗議声明 NHKを批判(毎日新聞)
 旧日本軍の慰安婦問題を裁く民衆法廷を扱った特集番組をNHKが01年1月に放送する直前に、当時、官房副長官だった安倍晋三・自民党幹事長代理が「公正中立な立場で放送すべきだ」などとNHK幹部に指摘していた問題で、中川昭一・経済産業相もほぼ同内容の指摘をNHK幹部にしていたことが分かった。
 民衆法廷を主催した市民団体「VAWW―NETジャパン」の西野瑠美子共同代表らは12日、NHKや安倍氏らにあてた抗議声明を発表後に会見し、「NHKは裁判で政治介入はないと主張し、偽証を続けていた。怒りとともに報道機関としてのNHKに大きな危機感を覚える」と話した。また、東京高裁から17日に予定されていた控訴審の結審の延期も検討しているとの連絡を受けたことを明らかにした。

「放送番組介入 憲法のイロハを無視」
東京新聞/社説
 放送法三条の二は放送に政治的公平、論点の多角化を求める。半面、同三条には「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、または規律されることがない」とある。

 肝心の三条を無視して公正原則だけを強調する二人こそ不公正のそしりを免れない。第二一条で「一切の表現の自由」を保障し、検閲を絶対的に禁止した憲法のイロハも理解していないのではないか。

 中川経産相は一九九九年、所沢産野菜のダイオキシン汚染報道をめぐり、放送には何の権限もない農相だったのにテレビ朝日に農民への賠償を執拗に迫った。「権限と行政は法に基づく」との観念が欠如していると見られても仕方あるまい。

 まず相手の表現を受け止めてから批判や反論をするのが民主主義の原則だ。相手の表現をあらかじめ自分の意に合わせるよう強要することは許されない。

 表現、報道の自由が封じられ、悲劇的結末を防げなかった苦い経験を繰り返さないよう、表現の自由は最大限尊重されなければならず、メディアは自由を守り抜く責任がある。

 予算、決算が国会の審議対象であるNHKは、ともすれば政治家に迎合する傾向があるように見える。同じような例がほかにもあるのではないかとの疑いも浮かぶ。これを機に、外部メンバーによりNHKと政治の関係を洗い直し公表すべきだ。
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国の中で最も重い報道の自由も理解できない操り人形のトッチャン坊や2世議員が閣僚だというのだから世も末である。というより、そういう男として飼育されて来たから閣僚に祭り上げられたのではあるが、、、、。